「危機管理の初動ミスを挽回し、国民の信の回復を」

政治

 8月12日、安倍晋三内閣の支持率低下に対し、日本株は逆行して上昇してきた。その背景には支持率が下がれば、財政出動など政策を打ち出すとの期待がある。都内で5月撮影(2015年 ロイター/Toru Hanai)

朝日の社説に「安倍政権の日本」「不信の広がりを恐れる」が書かれている。

「いま、この国の政治の現場では、驚くべきことが立て続けに起きている。

国会では、東京高検検事長の定年延長をめぐりつじつまの合わない答弁が連発され、『桜を見る会』についての安倍首相の説明にはウソではないかとの疑惑が向けられる。

いずれの問題でも、政権は適正な手続きをへて行われたことを裏打ちする確かな文書を示せずにいる。説明責任が果たされていないから、野党も同じことを重ねて追及せざるをえない。

新型コロナウイルスの感染拡大防止策では、全国の小中高校などの一斉休校の要請が、関係省庁間の周到な準備もないまま唐突に首相から発せられた。

<立法権を不当に奪う>

こうした光景を見せつけられるにつけ、この7年あまりの安倍政権のもと、日本の統治の秩序は無残なまでに破壊されたと言わざるを得ない。

検事長の定年問題では、延長を可能にした法解釈の変更をいつ決めたのかという野党からの問いに、政府が説得力をもって答えることができていない。

もちろん、政府内の手続きが森雅子法相らの答弁通りだったのか、定年延長が検察の独立をおかすおそれはないのかという疑問は究明されるべきだ。

ただ、より本質的な問題は、政府による今回の恣意的といえる解釈変更が、唯一の立法機関と憲法41条が定める国会の権限を政府が不当に奪ったということだ。『立法権の簒奪』に他ならない。

三権分立の原則を壊す極めて重大な問題である。

検察官の定年は、1947年に施行された検察庁法に明記されている。これに加え、公務員の定年延長を盛り込んだ国家公務員法改正案が審議された81年の国会では、当時の人事院の局長が、定年延長は『検察官には適用されない』と明確に答弁し、議事録に残っている。

検察官は一般職の国家公務員だが、政治家の権力犯罪をも捜査し、起訴する強力な権限を持つ。戦後間もなくから政府は『検察官の任免については一般の公務員とは取り扱いを異にすべきもの』との見解を明らかにし、公務員の定年延長が認められてからも30年以上、検察庁法に従った扱いを続けてきた。

<行政監視への否定>

法によって決められたことを改めるには、国会での議論と議決をへて、法そのものを改める。議会制民主主義では当然の筋道だ。法には解釈の幅があるにせよ、政府の時々の都合で勝手に変えられるなら、立法府は不要となる。

『桜を見る会』をめぐる首相の答弁ぶり、そして質問者に対するヤジも、決して看過できない憲法上の問題をはらむ。

憲法63条は、国会から答弁や説明を求められた際には、首相や閣僚に国会に出席する義務を課している。条文には書かれていないが、誠実に答弁しなければならないのは当然だ。

首相は衆院での代表質問で、疑惑追及には『誠実に対応する』と答えている。だが、予算委での説明内容は、虚偽との疑いを抱かせるに十分だ。首相はまた、予算委で立憲民主党議員の質問に『意味のない質問だよ』とヤジを飛ばした。後日の委員会で『不規則な発言をしたことをおわびします』との原稿を読み上げたが、これも問題の本質をそらしている。

謝るべきは閣僚席からの『不規則発言』という外形的な行為ではない。行政監視の手段としての議員の質問を『意味がない』と否定したことだ。

<国民に向き合う責任>

通算在任で憲政史上最長となった安倍政権は、統治の秩序をやり放題に壊してきた。その傷口から流れ続ける『うみ』がいまの政治には満ちている。

『憲法を変えない限り集団的自衛権行使できない』との歴代内閣の9条解釈を、一方的に変更したこと。森友学園への国有地売却で不透明な値引きをし、それを取り繕うために財務省職員が公文書改ざんに手を染めたこと。いずれも、終わった問題ではない。

政権中枢が法治国家では当然の手続きを無視するから、その意を忖度する公務員らが後始末に翻弄される。まさに『組織は頭から腐る』を地で行っているのではないか。

そうした中で突然、発せられたのが全国一斉の休校要請だ。目に見えない未知のウイルスへの不安に加え、自らの生活にかかわる具体的な不安が、一気に全国へと広がった。首相はおとといの記者会見で『断腸の思い』と述べたが、『なぜ全国一斉なのか」という肝心な点の説明はなかった。

安倍政権が破壊してきたのは、統治の秩序だけではない。国民の政治への信頼もまた、大きく損なわれた。

ウイルス対応をこの政権に任せて大丈夫なのか、国民に行き過ぎた不便や犠牲を押しつけはしないか――。首相には、こうした新たな不信の広がりを食い止める責任が加わった」。

社説の主旨である「不信の広がりを恐れる」に異論がある。

社説には「通算在任で憲政史上最長となった安倍政権は、統治の秩序をやり放題に壊してきた。その傷口から流れ続ける『うみ』が今の政治には満ちている・・・安倍政権が破壊してきたのは、統治の秩序だけではない、国民の政治への信頼も大きく損なわれた」と書いているが、安倍長期政権は、国政選挙6連勝の結果としての安倍1強故である。前民主党政権3年余を「悪夢の政権」と国民が見限ったが故のことである。

外交・安保政策で鳩山由紀夫政権の失敗の日米同盟弱化をただし、日米同盟基軸強化をなし、経済・金融政策で野田佳彦政権の消費増税の失敗をただし、アベノミクスによる戦後最長の経済成長を図り、菅直人政権の3・11の危機管理の失敗をただし、官邸主導で熊本地震をはじめとする大規模災害の危機管理を為してきた。その結果を見ての国民の信が、国政選挙6連勝の原動力となった。

問題は、今回の新型コロナウイルスの対応である。安倍官邸主導の危機管理の実効性が問われている。ダイヤモンド・プリンセス号への初動ミスで感染患者の蔓延を許し、国民に感染への不安を増幅し、内閣支持率も急落し、不支持が支持を逆転した。安倍晋三首相は、新型コロナウイルスを蔓延を阻止するために、小中高の休校の要請という強権発動の政治的決断をした。7月の東京五輪の前の5月末まで、新型コロナウイルス蔓延の終息をなすためにである。国政選挙6連勝の実績の上での内閣支持率40%の信にかけたのである。国民は3・11の危機管理で失敗した菅直人政権と安倍晋三政権を比較するのは必然である。この危機管理に成功すれば、内閣支持率50%台へのV字回復は必至となるが。

日経の「核心」に原田亮介・論説委員長が「疾病が試す政治の強度」「微温か、強権か日中対照に」を書いている。

「新型コロナウイルスの感染が拡大を続けている。震源地の中国は全国人民代表大会を
延期し、クルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス』の感染対応を批判された日本政府は学校休止にかじを切った。疫病が政治を揺さぶるのは歴史の常だが、微温的だった日本と強権的な中国の対応はあまりに対照的だ。

疫病が世界の歴史を変えた事例は1918~19年にパンデミック(感染爆発)を起こしたスペイン・インフルエンザがわかりやすい。諸説あるが当時の世界人口20億人弱のうち5億人が感染、4000万人が死亡したという。日本でも38万人が死亡した。詳細な記録をまとめる『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房刊)から一部を引こう。

まず名称だ。第1次世界大戦で多くの国が情報統制を敷くなか、スペインは中立国で感染拡大を公表したために、不名誉な名前を付けられた。同書は『実際には18年3月は米国で出現した』という。膠着していた欧州戦線を打開するため、多くの感染者を含む米兵が大西洋を渡り、感染は一挙に欧州で拡大した。

輸送船は『外洋に出る前、すでに医務室のベッドはすべて埋まっていた。病人数は9月30日には700人だったが、航海を終える頃には2000人に膨れ上がっていた』。病のまん延は大戦の終結を早めたとも言われている。

もう一つ特記すべきは、ウイルソン米大統領がパリ講和条約のさなかに感染・発病したことである。大統領の精神的、体力的な衰えが、英仏などが主張する敗戦国ドイツへの懲罰的な賠償請求容認につながったと同書は紹介する。

100年前のことを長々と紹介した。それから感染症研究や公衆衛生学はめざましく進歩した。だが目に見えない新手のウイルスが感染を拡大したとき、まずやるべきは昔とそう変わらない。感染者を隔離し、拡大を防ぐことだ。

今回、中国は最初に大きな失敗を犯した。2019年12月初めに武漢で患者が発生した後、勇気ある医師が告発したのに当局は隠蔽した。公に人から人への感染を認めたのは今年1月20日。この間、感染者の国境を越える移動を止めなかったためウイルスは世界に広がった。

日本政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーの尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)は『原因不明でも感染症が疑われる事例があれば、国際保健規則は速やかに世界保健機関(WHO)に届け出ることを定めている。湖北省の幹部が知らないはずがない』という。

ただその後の対応は強権国家らしい大胆さである。人口1100万人の武漢市だけでなく湖北省も封鎖、団体の海外旅行禁止や工場の操業停止などを次々に打ち出した。マスクなしの外出をドローンで監視し『墨俣の一夜城』のように病院を次々に建てた。交通遮断の動きは浙江省温州市などにも広がり、個人の人権や企業活動の自由より感染拡大を力で押さえ込むのを優先する姿勢を鮮明にしている。

日本の対応はどうだったか。まず武漢在住の邦人帰国のために中国にチャーター便を送ることに力を注ぎ、韓国など他国に先駆けて実現した。

とはいえ習近平国家主席の訪日という政治日程を控え、日本政府には遠慮があったようにもみえる。湖北省と浙江省に滞在した外国人は入国禁止にしているが、中国の他地域からの訪日客受け入れは拒否していない。

クルーズ船への対応には海外を中心に批判が相次いでいる。乗員乗客3700人といえば感染症が広がる一つの街を封鎖するような話だが、そこまでの覚悟があっての横浜港への入港だったかどうか。後講釈になるが、①全員の感染の有無を速やかに判定する検査の供給力②着岸後に船内の衛生環境を改善する態勢③外国人に正確な情報を提供し、出身国政府に帰国支援を求める努力--。どれもすぐには整わなかったのである。

もともと船は英国船舶で日本政府に国際法上の義務はない。ただ人道的に考えると、今回の対応以外の選択肢も考えにくい。多数の日本人乗客がいる船の着岸を拒否し、窓のない客室で精神的に追い詰められた乗客の下船もさせないというのは、中国ならできたかもしれない。

英調査会社キャピタル・エコノミクスのニール・シアリング氏は『中国の第1四半期の成長率は年率で2桁のマイナスになる』と予想する。習近平体制にとって景気悪化は大きな痛手だ。

それでも早期に感染を終息させ『ウイルスとの戦いの勝利』を宣言できれば、政治基盤が揺らぐことはないだろう。むしろ専制国家の方が人権を重視する民主主義国より感染症には強いという評価が下されるかもしれない。

イベント自粛や小中高への休校要請という厳戒モードに転換した安倍政権はどうか。景気の腰折れを防ぎ、習主席の訪日と東京五輪・パラリンピックを予定通り行う――。パンデミックが迫ってみると、いずれの目標もかなり難しい。五輪は、日本国内が終息しても世界で感染が続けば参加国が制限され競技が成り立たない事態も予想される。

感染はいつピークアウトするのか。『史上最悪のインフルエンザ』を訳した西村秀一氏(国立病院機構仙台医療センターのウイルスセンター長)はこう話す。『まだ誰にもわからない』。疫病を完全に制御するのは難しい。政治の強度を試すゆえんである」。

安倍晋三首相は、2月29日、全ての小中高校と特別支援学校に一斉休校を要請したが、その理由は、新型肺炎をピークアウトするために、である。専門家の総意であるこの1,2週間がヤマであるとの見識に拠ってのものであり、強権発動そのものである。問題は、この強権発動によって、5月末までに、新型肺炎を終息できるか、である。7月からの東京五輪を開催できるかが、かかっている。安倍晋三首相は賭けに出たと言わざるを得ない。

毎日の「風知草」に山田孝男・編集委員が「セントルイスの経験」を書いている。

「やり過ぎかどうか、断定的なことは言えない。

小中高校と特別支援学校に一斉休校を呼びかけた首相の決断である。

相手は未知のウイルスであり、事態は依然、流動的で先が読めない。側聞の限り、首相の頭の片隅に、近代史上最悪のパンデミック(世界規模の流行病)だった『スペインかぜ』があるらしい。

とりわけ、いち早く学校や集会施設を閉鎖して死亡率を下げた--とされる米セントルイス市の経験を意識したと思われる。

スペインかぜは、第一次大戦末期の1918(大正7)年、米国に出現し、数カ月のうちに日本を含む全世界へ広がった。スペインから出たと誤報され、その名がついた。地球全域の統計はないが、世界で5億人が感染し、5000万人以上が死んだ――と俗に言われている。

このうち約50万人が死んだ米国(ちなみに日本の死者は39万人)では、流行が始まった直後から集会、外出を制限した都市と、発症率が10%を超えてから制限した都市とで、死亡率に顕著な差が表れた。

12年後に米政府が公表した統計によれば、すぐに学校、教会や集会施設を閉鎖した中西部のセントルイスは、対応が遅れた東部のフィラデルフィアに比べ、感染者数拡大のピークが2カ月遅く、しかも低めに表れた。死亡率はフィラデルフィアの4分の1だった(2分の1説もある)。

このイメージは、2009年の新型インフルエンザ流行を踏まえ、厚生労働省が12年にまとめた資料『新型インフルエンザ対策の再構築について』の中で強調されている。

首相自ら一斉休校を呼びかける決断は、首相が、身内である加藤勝信厚労相にも相談せず、腹心・萩生田光一文部科学相の反対を押し切って決めた--と分かり、政権中枢の不協和音に関心が集まった。

はっきり言えば、首相は今井尚哉・首相補佐官の進言を重く見たのだ――と朝日新聞が書いている(2月29日朝刊1面)。

私の取材では、補佐官はじめ側近が準備した資料には、09年新型インフルエンザの際、大阪と兵庫で実施した小中高校一斉休校の記録のほか、スペインかぜなど過去のパンデミックの分析も入っていた。

外出や集会の制限は経済社会を沈滞させる。米国の歴史家がスペインかぜを概説した『史上最悪のインフルエンザ/忘れられたパンデミック』(アルフレッド・クロスビー。76年。邦訳は04年、みすず書房刊)によれば、学校休校や外出制限に対する市民の反発は激しかった。

『いったい何の効果があるというのか。市民をむやみに不安に陥れ、何をしようというのか?』フィラデルフィア・インクワイァラー紙はそう書いた(前掲書)。

深刻なパンデミックだったので、行動制限は後に評価された。未知のウイルスが何をもたらすか、渦中では分からない。一見、かぜ程度とも見えるが、だから安心とは言えない。

首相の決断がどうあろうと経済は収縮する。発熱中の出勤は、もはや根性と責任感の証しではない。病気なら休むという当たり前の判断が求められている。新型ウイルスは、首相が独善的かどうかという問題を超え、もっと深い部分で現代社会の変化を促しているように見える」。

安倍晋三首相の小中高の一斉休校の決断に、1918年からのスペイン風邪に対する「セントルイスの経験」が根拠にあるは正論である。米国で50万人が死んだというスペイン風邪で,直ぐに、学校、教会、集会施設を閉鎖した中西部のセントルイス市は、対応は遅れた東部フィラデルフィアに比べ、感染者拡大のピークが2カ月遅く、しかも低めに表れ、死亡率はフィラルディルフィアの4分の1だったという。日本をして「第2のセントルイスに」との強権発動である。

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